現在私が20年以上に渡って使用しているMRA型波動測定器の源流を遡ると、20世紀初頭に米国で発祥したラジオニクスに辿り着きます。時に“伝説の波動測定器”として括られることもあるMRAですが、なぜ一部で特別視されるのかというと
人の意識を介する からです。
世に多く流通しているデジタルタイプの波動測定器に比べ、アナログ機構のMRAは測定者のコンディションや力量に左右される反面、その強みは圧倒的な自由度と拡張性であり、時に規格外の結果をもたらすことは珍しくありません。
この違いはデジタル写真とフィルム写真、チェーン店と個人店、工業品と作家品…のような(?)違いで、どちらが良い悪いではなく、前者は均質性や再現性、および確実なアベレージに優れ、後者はより個人の要求や物語に柔軟にフィットするものといえるのかもしれません。
また、MRAは写真や毛髪を使った遠隔での観察・修正を得意としており、写真をメール添付で送っていただければ1週間後にはお手元に波動水が届きます。
そもそもですが、MRA(magnetic resonance analyzer :磁場共鳴分析器)はラジオニクスなのか、そうでないのかという議論があります。
(ここで「ラジオニクスって何?」というのが、多くの人にとっての疑問でしょう。これについて誤解を与えずに説明するのが難しく、本文を通じて説明していきますので、どうぞ読み進めてください‼︎)
開発者のロナルド・J・ウェインストックが「MRAは断固としてラジオニクスではない」と言ったこともあり、彼の言説を引用するかたちで「MRAは量子論などを応用した(当時)最新の医療機器」であるという設定のまま、日本では流通していきました。
ただ、彼のことをもし擁護するのであれば、米国ではそう言わざるを得ない法的背景(後に説明します)が、今もなおあるのは事実です。
個人的な考察の詳細は省略しますが、少なくとも私の中におきましては
MRA型波動測定器はその構造/動作原理/使用法の全てにおいて、ラジオニクスのフォーマット、もしくはそれを洗練させた一形態
であるといえます。
ラジオニクスとは何かと問われ、ひと言で回答するなら
オペレーター(施術者)の意識を介したシステム ということになります。
大著『バイブレーショナル・メディスン』を著したリチャード・ガーバー医学博士は、ラジオニクスについて“意識工学的な技術”であると肯定的に評価しています。
「再現性」が、科学を定義する一つの重要な要素とするのであれば、すべてのオペレーターがこの装置を同じシステムで運用することができ、同じコード(レート)で非共鳴反応を拾うことができ、誰がやっても同一の結果をもたらすことができるということになります。
ところが実際、オペレーターによっては電子工学的な機器(科学)だとの信念に基づく人、生命場(非物質的な肉体)の解析ツールとして紐解く人、病因を感情面から解決する人、なかには憑依や呪術など霊的な側面でアプローチする人など様々です。
そのどれもが、仮にいかに(一般視点では)荒唐無稽であっても否定することはできませんし、私も尊重します。それぞれがオペレーターの中では完結したストーリーだからです。
だから私自身、MRAのオペレーターは技術者というよりアーティストといったほうが何となくしっくりきます。Artの語源は“技術”ですし。
この謎めいた装置は、じゃあ「ただのまじないか?プラセボか?」というと、そんな単純な解釈ではとても済ませられない代物だからこそ、今も世界中で多くの人々を熱狂させ、魅了し続けているのかもしれません。
私もそんな魅力に取り憑かれてしまったものの一人です。
波動技術の始まりは医療機器です。その歴史を紐解くと、最も古い研究は20世紀初頭に米国スタンフォード大学で教鞭をとっていたアルバート・エイブラムス(Albert Abrams, 1863–1924)博士のものとなります。
エイブラムス博士は解剖学と神経学の権威として知られ、スタンフォード大学の教授やサンフラシスコ・メディコ・キルギカル・ソサエティの会長を務め、米国医師会の上級会員でもありました。
医師のキャリアとしては申し分のないエリート中のエリートだったといえます。
彼は打診法の名手であり、打診音の変化が病気の分子の振動によって起こるものではないかと考えました。打診法とは、患者の胸部や腹部を叩くことで内臓の状態を調べる診断技術です。
さらに彼は、病気のエネルギーを電気的なものと考え、それは電気と同じく導線を伝わることを発見します。彼が孤独で険しい異端の道を歩み始めた瞬間でした。
彼は導線の間に可変抵抗器(ボリューム)を設置し、そのダイヤルを各々の病気がもつ周波数(結核には42(Ω)、がんは50、梅毒は64など)に合わせると、打診音が変化することに気づきます。
逆に、病名が分からなくても、この“抵抗値”から病名の診断ができるようになります。彼は、この抵抗値を「レート」と呼びました。
当時、ラジオニクスという言葉は存在しておらず、彼は自身の診断装置を「バイオメーター」と呼びました。
続いて彼は、その“病気の波動”を相殺できる波動が出力できる「オシロクラスト」と呼ばれる装置を発明します。いわゆるノイキャン(ノイズ・キャンセル)の原理ですね。
この治療法に一定の効果があったことは記録にも残っており、ERA(エイブラムスの電気反応)の大学院コースも設けられます。
その後、彼は被験者の血液サンプルから電話線を介して治療して“しまい”ます。標準的な科学の枠組みから、完全に逸脱した瞬間ですね。
そのことで彼は米国医師会の反感を買い、彼の死後、『サイエンティフィック・アメリカン』誌に18回に渡って中傷記事が掲載されます。
一方で代替医療や遠隔ヒーリングの世界では“理論的な礎”“エネルギー医学の先駆者”とみなされ、一部でカルト的な支持を得ます。
エイブラムスのアプローチは、たとえばスピリチュアル・ヒーリングの世界ではごく当たり前に受け入れられるものですが、これが正統な医学(科学)の文脈で行われたことが“事件”なわけです。
エイブラムスの意志を受け継ぎ、非物質的側面に重点を置く形で発展させ、世に広めたのは電気技師でありカイロプラクターのルイス・ドラウン(Ruth B. Drown)女史です。
彼女はエイブラムスのERAを受講し、そのエッセンスをもとに『ホモ・ヴィブラ・レイ』と呼ばれる装置を開発します。この装置で実に多くの調整実績を残しました。
ちなみに、MRAはドラウン型の装置から発展したものだと言われています。
さらに彼女が装置を医師向けに販売すると、たちまち一大ブームが起こり、“ドラウンのラジオ・セラピー”は広くヨーロッパにまで知れ渡りました。
ところが、2万人近い調整実績と、治療した患者や賛同する医師たちの応援をもってしても、装置に科学的根拠が希薄であるとの理由から、彼女はFDA(食品医薬品局)による告発を受けてしまいます。
この後の流れは、「有罪判決を受けて獄死した」など諸説ありますが、実際には判決を待たずに71年の生涯に幕を閉じたそうです。
ドラウン裁判は結審こそしてないものの、FDAによって不正規医療機器として分類されたため、アメリカでは今でもラジオニクスを用いた病気の診断・治療は違法とされており、これを使用して病気治療をした場合、装置やデータの没収や投獄の可能性があります。
ただ、そのことによってラジオニクスが本国アメリカで農業や土壌改良、ダイエット、能力開発、引き寄せ…など非医療的に放射的発展を遂げる契機となりました。
冒頭の(医療機器として再興したかった)ウェインストックの主張には、このような法的な背景があるのだと思われます。
ドラウンの主張で特に重要なのは、「血液は“その人の波動署名”を持っている」という言葉です。
加えて「写真や血液サンプルを装置に接続すれば、その人物の全情報を世界のどこにいても観察でき、そして治療できる」と言いました。
MRAはかなり初期の段階から、すでに遠隔での観察・修正に特化した装置であったことが伺えます。
彼女はルパート・シュルドレイク(Rupert Sheldrake)の《形態形成場理論》よりずっと前、デビッド・ボームの《暗在秩序理論》よりも先に、非局在的な情報場という概念を工学的に実践したという点で、実のところかなり先駆的だったといえます。
さて、アメリカで発祥したラジオニクスは大西洋を渡り、イギリスでも独自の発展を遂げます。ジョージ・デ・ラ・ワー(George de la Warr, 1904–1969)の登場です。
土木技師だったデ・ラ・ワーはエイブラムスやドラウンの著作に触発され、ドラウンの許可を得て装置の改良に取り組みます。
デ・ラ・ワーと妻マジョリーは、ドラウンの『ホモ・ヴィブラ・レイ(HVR-9)』を模造し、そこに意図や象徴を加えることで、より芸術的でシンボリックな構造へと昇華しました。
デ・ラ・ワー自身は装置を製作する技術者として、妻マジョリーは実際の操作スキルやオペレーターとしての能力に長けていたそうです。
1960年、デ・ラ・ワー夫妻もまた一人の女性購入者による民間訴訟に巻き込まれますが、こちらはロンドン高等裁判所で勝訴します。
この判決により、イギリスでは科学的な有効性の立証までは至らないものの、少なくとも詐欺ではないとの法的立場は確保されました。
イギリスでは法的保護のもと民間や教育機関でのラジオニクス学習が再興され、専門学校や資格制度すら登場しましたが、ロシアやアメリカ(西海岸地域)のような先鋭化、技術飛躍は起きませんでした。
現在、知名度や商業ベースで世界を席巻しているのはロシアやドイツの波動機器です。ただ、ラジオニクス的なアプローチの最先端は依然としてアメリカの西海岸を中心とした地下コミュニティであることは間違いありません。
多くのハリウッドセレブ(グウィネス・パルトロウ/ジム・キャリー/ウィル・スミス/トム・クルーズ/キアヌ・リーブスなど)の言動からも、それらへの理解や関与が伺えます。
もともとカリフォルニアはシュタイナー哲学やニューエイジ思想の本拠地でもあり、エサレン研究所やスタンフォード研究所(SRI)など、民間資本と軍資金が交錯していたエリアです。
ここで素朴な疑問として浮かび上がるのは、あれだけ「科学的根拠が不十分」だと、(少なくとも人体に害を及ぼすものではないのにも関わらず)民間にはラジオニクスの使用を固く禁じ、装置やデータの没収までしていた連邦政府。
それが奇しくも同じカリフォルニアという土地で、今度は率先してエサレン研究所やスターゲート計画など、巨額の軍資金を投じて“意識工学”の研究に突入していったという矛盾です。
もちろん軍・FDA・連邦政府が単純な一枚岩ではないことも確かですが、これ以上は(その不可解な意図を邪推するのは)憶測の域を出ないのでやめておきましょう。
ただ、装置としてのラジオニクスは、MRAなどが登場した70〜80年代には一つの頂点を迎えたのだと思います。喩えるなら、カメラの世界でレンジファインダー式としては1950年代にライカM3で既に完成形を見出したように。
以後は、ラジオニクスもカメラと同様に序列や優劣ではなく単にスタイルの違いであり、問われるのは各々のオペレーターが手元のデバイスとどれだけ対峙したかではないかと思います。
以上、ここには伝えきれていない多くの偉人はまだまだいますが、この文章の中で私はMRAについて良い点も問題点も、現時点では科学の範疇に入らないことも躊躇なく開示しました。
それによって嘲笑や冷笑の対象となったり、オカルトとして唾棄されることより、科学に擬態もしくはその境界を曖昧にして人々を煙に巻いている状態のほうが耐えられないからです。
それらを重々ご理解のうえ、その哲学に同意・共感された方々の人生に、それを豊かにする一助として寄り添えますことを、心より願っております。