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当方で20年以上にわたり使用しているMRA型波動測定器の源流を遡ると、20世紀初頭のアメリカで発祥したラジオニクス(radionics)という技術に辿り着きます。
時に“伝説の波動測定器”と呼ばれることもあるMRAですが、その理由のひとつは、この装置が
人の意識
を一つの変数として介する点にあります。
大著『バイブレーショナル・メディスン』を著したリチャード・ガーバー医学博士は、ラジオニクスについて「意識工学的な技術」であると紹介し、そのパラダイムを肯定的に評価しました。
現在広く普及しているデジタル型の波動測定器に対し、MRAのようなアナログ機構の装置は、オペレーターの感覚や経験にも深く関与し、ラジオニクスが本来持っていた思想的特徴を今なお色濃く残しています。
前者と後者の違いは、たとえばデジタル写真とフィルム写真、チェーン店と個人店、あるいは工業製品と作家作品の違いに少し似ています。
前者は網羅性や再現性に優れ、後者は個々の状況や文脈、意図や要求に応じて柔軟に応答する性質を持っています。
そのため術者によって結果や解釈にばらつきが生じることもありますが、同時にこのことが、極めて高い自由度と拡張性を生み出します。
自由度と拡張性──MRAのアイデンティティ
実際、この装置がもたらす結果の中には、既存の枠組みや従来の常識では捉えきれない事例が存在することは確かです。
またMRAは、写真や毛髪などのサンプルを用いた遠隔(距離に依存しないアプローチ)での観察・修正を得意としています。
写真をメールに添付してご送付いただければ、その結果を基に構築された干渉(調整)波動を転写した波動水をお届けしています。
そもそも、MRA(Magnetic Resonance Analyzer:磁場共鳴分析器)はラジオニクスなのか、そうでないのかという根本的な議論があります。
開発者のロナルド・J・ウェインストックが「MRAは断固としてラジオニクスではない」と言ったこともあり、日本では氏の言説を踏まえ、「量子論などを応用した最先端の医療機器」という説明とともに紹介されていきました。
ただ、彼のことをもし擁護するのであれば、米国ではそう言わざるを得ない法的・社会的背景(後に説明します)が、今もなおあるのは事実です。
個人的な考察の詳細はここでは省きますが、少なくとも当方の理解において、
MRA型波動測定器はその構造/運用/動作原理のいずれにおいても、ラジオニクスのフォーマット、あるいはそれを洗練させた一形態
として理解するのが自然だと考えています。
再現性の問題
ここでしばしば議論になるのが、「再現性」という問題です。
科学的な装置であれば、誰が操作しても同じ条件で同じ結果が得られることが理想とされます。
しかし実際の運用において、オペレーター(術者)の立場や理論背景は実に多様です。
この装置を電子工学的な測定機器(科学)として扱う人、生命場(非物質的肉体)の解析ツールとして紐解く人、問題を感情面から解決しようとする人、なかには憑依や呪詛など霊的領域からアプローチする人もいます。
同じ装置を使っていても、その背後にある理論や世界観は決して一つではありません。
この時点で、少なくとも厳密な意味での再現性が担保されているとは言い難い状況になり、正統な科学とはやや異なる構造を持っています。
反証可能性
さらにもう一つ、科学哲学で重要視される概念として「反証可能性」があります。
ある理論が科学的であるためには、それが誤りである可能性を具体的に示し得る構造を持つ必要がある、という考え方です。
もちろん、レートの検証や統計的分析など、可能な限り客観的な方法で研究しようとする試みは脈々と引き継がれ、いまも多く存在します。
しかしながら、この分野では反応の解釈そのものが術者の世界観と深く結びついているため、広く共有されうる普遍的な基準として反証されにくい性質を持ちます。
立てられる仮説、その検証や批判強度、そこから構築される理論や有効性のレベルが、個人の世界観や理論体系にどこまでも依存し、一連のあらゆるフェーズにおいて、個人あるいはグループの恣意性から完全に自由であることは困難です。
ただしその結果として、興味深い現象が生まれます。
逆走するプロセス
術者が立てる仮説、その検証のプロセス、そこから導かれる理論――それらは基本的に個々の世界観の内部で展開されていきます。
しかし同時に、その試行錯誤の積み重ね(恣意性の濃縮)のなかで、特定の「場」が形成されていきます。
ここでいう「場」とは、経験の反復によって形成される共有的な形態記憶のようなものです。
その「場」において、体験や結果が共有され、一定の「証」として蓄積されていき、やがてその蓄積が次第に「力」を持ち始めます。
この逆説こそが、ラジオニクスという技術が有する強みのひとつといえるのかもしれません。
先ほどオペレーターによるスタンスの違いについて述べましたが、そのどれもが、仮にいかに(一般視点では)荒唐無稽であっても否定することはできませんし、私も尊重します。
それぞれがオペレーターの中では完結したストーリーだからです。
誤解を恐れずいえば、更新(治癒・寛解・回復)とは被術者がそのストーリーに正しく巻き込まれることです。
Artとして成立するか
そう考えると、MRAのオペレーターは技術者というより、むしろ作家(アーティスト)に近い存在と呼べるのかもしれません。
Artという言葉の語源は「技術」を意味しますが、その本質は、作品や体験を通じて接触した人の認識や世界の見え方を更新することにあります。
ただし、ここで誤解していただきたくないのは、Artという言葉を用い、自らをその記号に埋没させることで“免責”を図ろうとは露ほども思っていないということです。
あくまで自身の世界観の範囲内においては、再現性と反証可能性を手放していません。
それを手放したとき、技術は信仰になります。
再現性なくして優れた芸術(シグニチャー)は存立せず、反証可能性なくして技術は単なる物語(レガシー)へと退行してしまいます。
波動療法の歴史
波動療法の父──アルバート・エイブラムス
さて、ではこの謎めいた装置は、じゃあ「ただのまじないか?プラセボか?」というと、そんな単純な解釈ではとても済ませられない代物だからこそ、今も世界中で多くの人々を熱狂させ、魅了し続けているのかもしれません。
私もそんな魅力に取り憑かれてしまったものの一人です。
波動技術の始まりは医療機器です。その歴史を紐解くと、最も古い研究は20世紀初頭に米国スタンフォード大学で教鞭をとっていたアルバート・エイブラムス(Albert Abrams, 1863–1924)博士のものとなります。

エイブラムス博士は解剖学と神経学の権威として知られ、スタンフォード大学の教授やサンフラシスコ・メディコ・キルギカル・ソサエティの会長を務め、米国医師会の上級会員でもありました。
医師のキャリアとしては申し分のないエリート中のエリートだったといえます。
彼は打診法の名手であり、打診音の変化が病気の分子の振動によって起こるものではないかと考えました。打診法とは、患者の胸部や腹部を叩くことで内臓の状態を調べる診断技術です。
さらに彼は、病気のエネルギーを電気的なものと考え、それは電気と同じく導線を伝わることを発見します。彼が孤独で険しい異端の道を歩み始めた瞬間でした。
彼は導線の間に可変抵抗器(ボリューム)を設置し、そのダイヤルを各々の病気がもつ周波数(結核には42(Ω)、がんは50、梅毒は64など)に合わせると、打診音が変化することに気づきます。
逆に、病名が分からなくても、この“抵抗値”から病名の診断ができるようになります。彼は、この抵抗値を「レート」と呼びました。
当時、ラジオニクスという言葉は存在しておらず、彼は自身の診断装置を「バイオメーター」と呼びました。
続いて彼は、その“病気の波動”を相殺できる波動が出力できる「オシロクラスト(※冒頭の写真)」と呼ばれる装置を発明します。いわゆるノイキャン(ノイズ・キャンセル)の原理ですね。
この治療法に一定の効果があったことは記録にも残っており、ERA(エイブラムスの電気反応)の大学院コースも設けられます。
その後、彼は被験者の血液サンプルから電話線を介して治療して“しまい”ます。標準的な科学の枠組みから、完全に逸脱した瞬間ですね。
そのことで彼は米国医師会の反感を買い、生前4回と死後8回の計12回にわたり、『サイエンティフィック・アメリカン』誌に中傷記事が掲載されます。
通常の疑似科学を扱う場合、単発の記事で済ませることが多いのに、ここまで長期にわたって連載されたのは異例中の異例です。
サイエンスの文脈でやってしまったことが事件であり罪であり、そのことで異端審問(最終的に“断罪”にまで及んでいる)が執り行われたのか、何か他に理由があるのかは分かりません。
一方でエナジー・メディスンやスピリチュアル・ヒーリングの世界では「理論的な礎」「エネルギー医学の先駆者」とみなされ、一部でカルト的な支持を得ます。
殉教者──ルイス・ドラウン
エイブラムスの意志を受け継ぎ、非物質的側面に重点を置く形で発展させ、世に広めたのは電気技師でありカイロプラクターのルイス・ドラウン(Ruth B. Drown)女史です。

Ruth B. Drown|『The Secret Art』by Duncan Laurie
彼女はエイブラムスのERAを受講し、そのエッセンスをもとに『ホモ・ヴィブラ・レイ』と呼ばれる装置を開発します。この装置で実に多くの調整実績を残しました。
ちなみに、MRAはドラウン型の装置から発展したものだと言われています。
さらに彼女が装置を医師向けに販売すると、たちまち一大ブームが起こり、“ドラウンのラジオ・セラピー”は広くヨーロッパにまで知れ渡りました。
ところが、2万人近い調整実績と、治療した患者や賛同する医師たちの応援をもってしても、装置に科学的根拠が希薄であるとの理由から、彼女はFDA(食品医薬品局)による告発を受けてしまいます。
この後の流れは、「有罪判決を受けて獄死した」など諸説ありますが、実際には判決を待たずして、どこか不可解なかたちで71年の生涯に幕を閉じたとされています。
ドラウン裁判は結審こそしてないものの、FDAによって不正規医療機器として分類されたため、アメリカでは今でもラジオニクスを用いた病気の診断・治療は違法とされており、これを使用して病気治療をした場合、装置やデータの没収や投獄の可能性があります。
ただ、そのことによってラジオニクスが本国アメリカで農業や土壌改良、ダイエット、能力開発、引き寄せ…など非医療的に放射的発展を遂げる契機となりました。
冒頭の(医療機器として再興したかった)ウェインストックの主張(「MRAはラジオニクスではない」)には、このような法的・歴史的な背景があることは容易に想像がつきます。
ドラウンの先見性──非局在の実践
ドラウンの主張で特に重要なのは、「血液は“その人の波動署名”を持っている」という言葉です。
加えて「写真や血液サンプルを装置に接続すれば、その人物の全情報を世界のどこにいても観察でき、そして治療できる」と言いました。
MRAはかなり初期の段階から、すでに遠隔での観察・修正に特化した装置であったことが伺えます。
彼女はルパート・シュルドレイク(Rupert Sheldrake)の《形態形成場理論》よりずっと前、デビッド・ボームの《暗在秩序理論》よりも先に、非局在的な情報場という概念を工学的に実践したという点で、実のところかなり先駆的だったといえます。
大西洋を跨いで
さて、アメリカで発祥したラジオニクスは大西洋を渡り、イギリスでも独自の発展を遂げます。ジョージ・デ・ラ・ワー(George de la Warr, 1904–1969)の登場です。

土木技師だったデ・ラ・ワーはエイブラムスやドラウンの著作に触発され、ドラウンの許可を得て装置の改良に取り組みます。
デ・ラ・ワーと妻マジョリーは、ドラウンの『ホモ・ヴィブラ・レイ(HVR-9)』を模造し、そこに意図や象徴を加えることで、より芸術的でシンボリックな構造へと昇華しました。
デ・ラ・ワー自身は装置を製作する技術者として、妻マジョリーは実際の操作スキルやオペレーターとしての能力に長けていたそうです。
1960年、デ・ラ・ワー夫妻もまた一人の女性購入者による民間訴訟に巻き込まれますが、こちらはロンドン高等裁判所で勝訴します。
この判決により、イギリスでは科学的な有効性の立証までは至らないものの、少なくとも詐欺ではないとの法的立場は確保されました。
イギリスでは法的保護のもと民間や教育機関でのラジオニクス学習が再興され、専門学校や資格制度すら登場しましたが、ロシアやアメリカ(西海岸地域)のような先鋭化、技術飛躍は起きませんでした。
アメリカにおける地下化と先鋭化
現在、知名度や商業ベースで世界を席巻しているのはロシアやドイツの波動機器です。ただ、ラジオニクス的なアプローチの最先端は依然としてアメリカの西海岸を中心とした地下コミュニティであることは間違いありません。
多くのハリウッドセレブ(グウィネス・パルトロウ/ジム・キャリー/ウィル・スミス/トム・クルーズ/キアヌ・リーブスなど)の言動からも、それらへの理解や関与が伺えます。
もともとカリフォルニアはシュタイナー哲学やニューエイジ思想の本拠地でもあり、エサレン研究所やスタンフォード研究所(SRI)など、民間資本と軍資金が交錯していたエリアです。
ここで素朴な疑問として浮かび上がるのは、あれだけ「科学的根拠が不十分」だと、(少なくとも人体に害を及ぼすものではないのにも関わらず)民間にはラジオニクスの使用を固く禁じ、装置やデータの没収までしていた連邦政府。
それが奇しくも同じカリフォルニアという土地で、今度は率先してエサレン研究所やスターゲート計画など、巨額の軍資金を投じて“意識工学”の研究に突入していったという矛盾です。
もちろん軍・FDA・連邦政府が単純な一枚岩ではないことも確かですが、これ以上は(その不可解な意図を邪推するのは)憶測の域を出ないのでやめておきましょう。
ただ、装置としてのラジオニクスは、MRAなどが登場した70〜80年代には一つの頂点を迎えたのだと思います。喩えるなら、カメラの世界でレンジファインダー式としては1950年代にライカM3で既に完成形を見出したように。
以後は、ラジオニクスもカメラと同様に序列や優劣ではなく単にスタイルの違いであり、問われるのは各々のオペレーターが手元のデバイスとどれだけ対峙したかではないかと思います。
おわりに
以上、ここには伝えきれていない多くの偉人はまだまだいますが、この文章の中で私はMRAについて良い点も問題点も、現時点では科学の範疇に入らないことも躊躇なく開示しました。
それによって嘲笑や冷笑の対象となったり、オカルトとして唾棄されることより、科学に擬態もしくはその境界を曖昧にして人々を煙に巻いている状態のほうが耐えられないからです。
それらを重々ご理解のうえ、その哲学に同意・共感された方々の人生に、それを豊かにする一助として寄り添えますことを、心より願っております。
